北極しろくま堂のしじらができるまでのお話しに盛り込めなかった,しじら織りが生まれるまでのストーリーや産地などについてご紹介します。

しじら織りのルーツ

しじら織りは日本の織物

日本に古くから存在するこの織物がどのようにして生まれたのか、その通説をご紹介します。

江戸時代末期から明治のころに徳島に住んでいた海部ハナという一人の女性が偶然にうんだという話です。
「たたえ縞」という不規則な縞の平織りに改良をくわえた織物をつくったハナは、ある日うっかりそれを雨に濡らしてしまいました。しかし、晴れて乾いたその織物にはそれまでみたこともないような凹凸ができました。これにさらに工夫を重ねて生まれたのが、「しじら織り」だということです。
発祥地である徳島県阿波で生産されている阿波しじらは、1978年に当時の通産省の伝統的工芸品織物に指定されています。

しじら織りの工場

現在の産地は阿波、遠州、新潟

阿波から始まったしじら織りですが、現代では徳島(阿波)の他に静岡(遠州=浜松地域)と新潟などで主に織られています。しじら織りは通常の織機にアタッチメントを取り付けて織るため、海外では織ることができません。似たようなも織物として、サッカー(SUCKER)があります。サッカーは以下のようなものです。

表面に波状のしわが縞状にあらわれる織物。波状のしわのことを「サッカーじわ」と呼ぶ。

服地の基本がわかるテキスタイル事典・閏間正雄監修/株式会社ナツメ社/2014


サッカーはしじら織りの一種ですから、しじら織りは波状になった凹凸がある生地の代表例といえるでしょう。しじら織りは日本の(特に和風の)夏もの衣料に多く使用されています。サッカーは夏もの衣料の他に、パジャマなどでも用いられています。このように凹凸のある生地は薬品でもつくることができますが、経糸と緯糸でつくる本しじらや本サッカーはしっかりとした布地感があることが特徴ですし、高級品として流通しています。

しじら織り誕生の歴史

かつて織物は家庭でつくるものだった

さて、このしじら織りが生まれたのは19世紀後半。

織物というものが完全に商品化したといわれる時代です。それは、日本の織物が海外へも多く輸出されたころでした。歴史背景としては、江戸時代の終わりから明治初期。

この頃の資料は白黒写真で残っていて、そこに見つかる赤ちゃんたちのほとんどがおぶわれています。
でも背負っているお母さんたちは妙に若い…?
そう、赤ちゃんを背負っているのは子どもたちなのです。
1872年にはじまった学校制度のため、すべての子どもたちが学校へ行かなくてはならなくなりました。しかし、経済的な理由などから学校にゆけない子どもたちが沢山いました。そうした子どもは全体の半分を超えていたそうです。

子守する少女たち

学校に行けない子どもたちは、家計の負担にならないように「子守り奉公」に出ました。
「口減らし」と言って、貧しい家では食べ物を食べる人の数を減らしたそうです。

赤ちゃんたちは一本ひものようなもので子守りの体に結びつけられていたり、大人用のおおきな着物やねんねこはんてんの背中に入った状態で、おぶう子の体に密着しています。
保護者の体にぴったりくっついて、安心しきっているのでしょうか。赤ちゃんたちはぐっすり眠っている写真が多いです。

子守り奉公に出ている子どもたちが身につけている着物の素材は綿であると考えられます。

室町時代の絵巻物に描かれている授乳シーン

ところで、この「綿」ですが、もともと日本にあった植物ではありません。
14世紀頃に中国から朝鮮に木綿の種子が伝来し、その後海をわたって日本にやってきました。
15世紀から16世紀にかけて日本でも栽培がはじまり、17世紀になってやっと庶民の間に普及しだしました。その背景には、農業や農作物を奨励する政策によって商品作物としての綿が栽培されたことなどがあります。

このときまで、庶民は日本に古くから自生していた麻科の植物や草木を原料とした繊維で糸をより、織物を生産していました。
麻科の植物で織った織物…肌触りはどうだったのでしょうか。絵巻物に描かれる親子が身にまとっている着物は、筆で描かれているせいもあるかもしれませんがとてもやわらかそうです。

北極しろくま堂では商品に採用する布を天然繊維100%にこだわっています。
麻は日本の土地に古くからある天然繊維です。しかし麻を使った布は負荷がかかったときに繊維が突然”スパッ”と切れることがあることから、ほつれやキズができた場合に大変危険なため採用していません。

井戸端でおんぶしながら選択をする女性

さて、もう少し時代をさかのぼり中世の日本を見てみました。
するとそこには大変興味深いものがみつかったのです。

古代国家では税収として納める義務があり庶民生活を厳しく圧迫していた織物も、生産手段を持つ織り手が賃金をもらって織る、つまり織物職人の出現によって新しい社会的意味を持ち出した頃です。

大変興味深かったのは、中世の絵巻物に登場する赤ちゃん。
そのほとんどが裸で描かれているのです。

裸のままで、お母さんや子守をする女性などの着物の中におんぶされているのです。そんなおかあさんは、家事をしていたり、買い物をしていたり。お母さんにとって赤ちゃんは自分の体の一部です。
わたしたち日本人は、本当に根っからの"Babywearer"なのですね。

…もしかしてこれが、人間が自身の肌に触れる布とその糸に求める「やさしさ」の原点なのでしょうか。
お母さんの体にぴったりくっついて、あたたかく、やわらかく、守られている感覚。

あたたかく やわらかく 守られて

北極しろくま堂のしじら織り製抱っこ紐

時代とともにかわりゆくものは数知れません。でも、わたしたち人間が自然と求めるものはどれだけの時間が経とうとかわらないようです。
織物職人が生む昔ながらのしじら織りでできた北極しろくま堂のスリング「キュットミー!」や「へこおび」で、赤ちゃんをたくさん抱っこしてあげてください。
布のやさしさとお母さんの肌のぬくもりに包まれて育つ赤ちゃんは、その肌感覚を一生忘れないで後世にひきついでゆくものとなるでしょう。

画像引用:子守する少女の写真 
【写真】横浜開港資料館所蔵

写真・絵画集成 日本の子どもたち 近現代を生きる
[1]明治から大正・昭和へ P22 日本図書センター/発行 歴史教育協議会/編

その他参考文献

  1. 写真・絵画集成 日本の子どもたち 近現代を生きる[1] (日本図書センター)
  2. 織物の日本史 遠藤元男 (日本放送出版協会)
  3. [絵巻]子どもの登場 中世社会の子ども像 黒田日出男 (河出書房新社)
  4. 図説 日本文化の歴史6 南北朝・室町 (小学館)
  5. 草木布Ⅰ 竹内淳子 (法政大学出版局)