2020年に学会誌に掲載された抱っこの論文を解説した記事の後半です。
前半では今でも残る赤ちゃんの反射から抱っこに関係のあるものを取り上げました。人類が誕生して700万年のうち,抱っこされているのは400万年だそうです。その間「抱かれないように」進化しなかったのはなぜなのか。

スリングや抱っこ具の発明とその用途

人類が移動するなかで,赤ちゃんを運ぶ必要が生じました。道具の使用は赤ちゃんの重さを分散させることに成功しました。
民族間でさまざまな道具が発明されてきましたが,モノと赤ちゃんを同じ道具で運ぶことを許容する文化と同じ道具は使わずに道具と子どもの運び方を分けている文化がありました。

画像引用ともに:Beloved Burden(1993)より

現代においても身体接触がない状態では,子どもの発達やさまざまな能力の発達に問題があることが考えられています。それは過去においても同じように問題があったと考えるのが自然なので,人類はずっと抱っこを通じて身体接触をしていたでしょう。
初期の人類が使っていた抱っこの道具の材料は有機物(動物の皮や植物,樹皮などの繊維)と考えられています。有機物のため物的な証拠は残っていません。初期の抱っこ具はスリング状のものだったと考えられています。

Egyptに逃げるマリアとキリスト。スリングで抱かれています

社会的認知能力発達における抱っこの重要性

脳や言語の発達は文明の発達と一体です。文明が発達するということは脳や表現して思考するための言語が発達しているという関係です。

言語に関しては生後1年間にかなりの量が学習されていることがわかっています(Dehaene-Lambertz, Hertz-Pannier, Dubois, & Dehaene, 2008)。特に母親の反応性(態度や生理的な反応も含む)が乳児の言語発達に特に役に立っていることがわかっています(Feldman, Rosenthal, & Eidelman,2014)。それらがお互いにより強く作用して,お互いの感情に一致していることなどが母子関係にも長期にわたって影響を与えます(Bigelow et al.,2018)。
抱っこされているあいだは養育者(親)の会話が聞こえ,顔の表情(感情)を読み取ることが可能になります。特に腰に抱く(身体の側面に跨がせるように抱く)ことは,正面の抱っこやおんぶ(注:ここでいうおんぶは日本のような高いおんぶとは限りません)とは違う効果がありそうです。

ちょうど腰抱きに移行できる生後4ヶ月ごろは,発達面でも新しいフィールドに進む時期でもあります。
腰抱きの時期は長く,生後3年くらいまでは抱っこは腰に抱くことになります。その間,養育者の顔と相手の様子や周囲の環境を見比べながら過ごします。そのことが赤ちゃんの社会性を発達させる一助となっていると考えられています。だから,スリングは「私たちを人間にした」(Taylor, 2010)道具なのです。

まとめ

抱っこの利点を主張するよりも先に,まず抱っこすることが生物的な原則だということを再認識するべきでしょう。赤ちゃんは抱っこされることによって聴覚と視覚の両方の刺激を受け,周囲を観察することで学習の場になっています。抱っこすることは生後1年目の人間としての重要な時期に安全な場所と学習のための場を提供することになります。
抱っこという行為はヒトが進化をしてもなくならず,引き継がれてきました。抱っこで赤ちゃんが落ち着くという反応は親のエネルギーを温存するなど,赤ちゃん自身が育児に協力する行動であり,親子の生存確率を高めてきました。抱くことで身体や感情の発達を促し,親子の関係を強化します。
抱っこは人間にとって,養育者と赤ちゃんにとって必要な仕組みなのです。

北極しろくま堂では抱っこやおんぶに関してさまざまな情報を提供し,皆さまのお役に立ちたいと考えています。スタッフは全員子育て経験のある女性ですが,単に自らの経験を語るだけでなく,科学的な知見をしっかりと理解しようと取り組んでいます。

B. Berecz, M. Cyrille, U. Casselbrant, S. Oleksak, and H. Norholt, Carrying Human Infants--An Evolutionary Heritage, Infant Behav. Dev. 60, 101460 (2020). (DOI:https://doi.org/10.1016/j.infbeh.2020.101460)