身体心理学者 山口 創氏 × 北極しろくま堂店主 園田正世

スキンシップをすると心が安らぐのは子どもだけではなく、大人でも同じです。身体心理学者の山口先生は触れ合うことが人の心に与える影響に関する研究をしていらっしゃいます。赤ちゃんとずっと一緒に寄り添っていられるから絆が深まっていくベビーウェアリング。赤ちゃんとふれあうことが、心理的にどう作用しているかをじっくり伺いました。


園田
『子供の「脳」は肌にある』のご著書を拝読したときに、触れ合うということはやはり大切なことなんだと再確認しました。私は商品の販売を通じて、「抱く」「おぶう」ことの大切さを一人でも多くの人にお伝えしたいといつも考えています。だから山口先生の本を読んだ時に、母子が密着していることの大切さを改めて確認しました。
しかし先生のされているような研究は他では目にすることがありませんよね。

山口
そうですね。肌というと、解剖学や生理学で扱われることはあるのですが、心理的な観点から捉えたような学問はないようです。

園田
抱いたり抱かれたりしたときの気持ちよさや感覚、つながりなどを研究したいと思い、私も今春から大学で学び始めました。先生はもともとは肌のことを研究されていたわけではないと伺っています。

山口
はい。もとは身体心理学といって、心と身体の関係を考えることが専門です。その中でも私は特に「身体接触」や「コミュニケーション」に興味がありまして、そのような研究をしているうちに皮膚や触覚のことも考えていくべきだと気づいたという経緯があります。

スキンシップと母子関係

園田
親子の愛着形成に関する研究もされているんですよね。

山口
アメリカの発達心理学者エインスワースによれば、母子関係は「安定型」「回避型」「アンビバレント型」の3タイプに分類できるとしています。「安定型」は愛着関係がしっかりと結ばれていて、母親が視界から消えた時にまた戻って来てくれると確信しているので、不安にならないタイプ。「回避型」は普段から母子の関わりが少なく、拒否される辛さをあらかじめ回避しようと母親と距離をとろうとするので、抱かれるのを極端に嫌がったりという反応を示すタイプ。「アンビバレント型」は両価的と言って、母親が離れるとその時は平気そうにしているけれど、帰ってきたときに抱こうとしても嫌がったり、逆に抱っこから降ろそうとすると泣きわめいたりと矛盾したような反応を示すタイプ。母子関係は基本的にこの3タイプに分類できると言われています。

園田
やはり、普段の関わり方が影響するんですね。

山口
はい。この3つのタイプとスキンシップの頻度に関係があるか調べてみました。そうするとやはり普段からスキンシップが多い家庭の子どもは「安定型」になりやすいのですが、普段あまりスキンシップをしない家庭の子は「回避型」になりやすく、親が機嫌がいい時はいっぱい抱っこするけれども、そうでないときは突き放して相手にしないような家庭の子どもは「アンビバレント型」になりやすいとの結果になりました。

園田
愛着形成とスキンシップには関係が認められるということですね。

山口
ええ、スキンシップは関係性を構築するコミュニケーションですから、触れ方というのは愛着形成にとても大きな影響をあたえるのです。

園田
少し前までは抱き癖がつくから、ということがよく言われていましたが、スキンシップや抱くことは子供にとっては、プラスの要素のほうが大きいということでしょうか。

山口
そうですね。私はむしろ抱き癖という言葉自体がとても良くないものだと思っています。「癖」というと、悪いものなのでできるだけ治すべきものだ、というように捉えてしまうからです。でも、だっこされたいという欲求は本能的にとても強い欲求ですから、それをできるだけ満たしてあげることが必要だと思うのです。
また、「母子のスキンシップが多いと、子どもは依存的になるか」ということを学生を対象に調べてみました。すると、幼い頃の母子のスキンシップ量と子どもの依存症は負の関係を示すことも分かりました。母親とのスキンシップを十分にしてもらえた子どもというのは、十分に甘えられたという安心感から自分に自信をもつことができますから、将来的には他に依存せず自律的に行動できる性格になるということです。

園田
触れ合いによって生まれた信頼関係は、その子が大きくなったときにも様々な形で影響するということですね。

山口
そうですね。人格の基礎となるような要素は、無意識のうちに幼いうちから身につけていくようです。もちろん、幼少期の親子関係によってその後の全てが決まってしまうわけではなく、新しい対人関係等によって修復されていくこともあるのですが。

たくさん抱くとわかる

園田
仕事柄、沢山のお母さんと赤ちゃんに出会うのですが、このお母さんはだっこに慣れていないなあと感じてしまう時があります。そんな風に抱かれていると赤ちゃんも辛いだろうし、お母さん自身もリラックスできていないなあと思います。

山口
特に初産の若いお母さんに多いのではないでしょうか。

園田
ええ。そういったお母さんの赤ちゃんを抱かせてもらうと、すごく緊張しているのが分かります。背中がカチコチなんです。

山口
緊張してしまっているのでしょう。チンパンジーにも抱くのが下手なお母さんがいるようですよ。チンパンジーの場合、逆さまに抱いたりするんです。

園田
驚きです。

山口
それでも試行錯誤しているうちに段々、身に付いてくるそうです。

園田
その試行錯誤が大事なのだと思います。マニュアルには書いていないですよね。

山口
そうですね。何度も何度も抱いて、こうじゃないああじゃないとやっているうちに、こうやるとお互い気持ちいいんだと感覚的に分かってくるはずなんです。

園田
それが人間が人間を育てているということですよね。例えば揺れるベッドとか、泣きやませるアプリとか、そういうものは子育てを外注しているような気がします。

山口
道具に頼り過ぎた結果、そういうものがないと泣いている自分の子をなだめられないとか、だっこが下手ということにつながっていくんでしょうね。

園田
でも、心地いいだっこというのがどういうものかが証明されていないんです。どのようにしたら証明できるのでしょう。

山口
だっこをされていると、子どもが喜んでいるとか不快そうだとかの行動評定は行ったことがあるのですが、どういうものが心地いいだっこかという結論はうまく出なかったですね。

園田
血圧や脈などを測るという方法では指標にならないんですか。

山口
それも1つの指標ですが、生理指標だけで心地いいかどうかを判断することはできないんです。

園田
赤ちゃんは内省(※1)が取れないので大変です。

山口
そうです。あとは行動観察で表情の分析等を組み合わせてやれば、安心してるなとか、喜んでいるなとかが何となくは分かって、結果が出そうではあります。 また、子どもによっても感じ方が違います。例えば発達障害がある子は触覚に過敏で抱かれるのを嫌がる子が多いのです。

園田
そういう傾向があるとお母さんも少し敬遠してしまったり、なるべく嫌がる事はしないでおこうとお母さん自身が思い込んでしまって、後ろ向きな状態になるのかもしれませんね。

山口
そうですね。やはり発達障害のお子さんはだっこしようとしても嫌がるし、愛着関係を結ぶのが困難であったりするので、段々距離が出てきてしまったり、虐待に走ってしまったりということはあります。

園田
ボーダーラインにいる子もいますよね。その場合、例えばもっと触れ合う事で改善するという可能性はないのでしょうか。

山口
それは大いにあると思います。今アメリカでは自閉症の子どもにマッサージするセラピーの研究が盛んです。

園田
ベビーマッサージのようなものでしょうか。

山口
ええ。私も今研究中なのですが、オキシトシンはご存知でしょうか。

園田
はい。絆ホルモンと言われるものですよね。授乳やスキンシップで分泌されると聞いています。

山口
このオキシトシンが自閉症の薬として効くのではないかということが言われています。自閉症のお子さんにマッサージをすれば、お子さんの脳の中にオキシトシンが生成されます。それが症状の緩和につながるのではないかという仮説をたてて研究しています。

園田
でも触られるのを嫌がるんですよね。どのようにするのですか?

山口
そうなんです。どこをどんな風に触れるかというのが難しいのです。嫌がるところはやめて、ちょっとでも受け入れてくれるところを探りながらやっていきます。

触れて伝わるぬくもり

園田
日本では1歳をすぎると段々重たくなってきて、だっこは大変だからバギーなどを使うという傾向にあります。アメリカはもっと大きくなるまでバギーに乗せられていますが、ハグの文化がありますよね。日本はハグはしないから、大きくなればなるほど触れ合う機会がどんどん減ってきます。

山口
日本のべったり育児の良さがどんどんなくなってきて、ハグの文化もない中で、 ある年齢以上のお子さんはアメリカと比べてもスキンシップの機会が少なくなってしまっています。今はおんぶする人も少ないです。

園田
そうですね。移動のためにおんぶをしても、日常の家事の時間等でおんぶをするという人は、年々減っているのかもしれません。しかし、このままではよくないなと感じている人はいらっしゃると思います。

山口
だっこされたり、触れてもらうことによって肌からぬくもりが伝わるのです。ぬくもりが伝わると心も温かくなるという研究もあります。

園田
心が温かいことを示す研究ですか。

山口
手にホットコーヒーの入ったカップを持っていてもらうと手が温まります。脳の「島(とう)」という部分が体の温かさに反応します。その状態で知らない人物の写真を見せてその人の印象を評定してもらうんです。そうすると知らない人物を「やさしそう」だとか「心の温かい人」だと感じる傾向があるそうです。

園田
面白いですね。でも分かるような気がします。寒いときは心に余裕がなくなったりしますから。誰かが体に触れてくれることで気持ちが落ち着いたりして、余裕が出てくるような気がします。

SHIROKUMA Mail vol.141 「肌と心がふれあう子育て」第二部に続く


※1 内省(ないせい): 自分の考えや行動を深くかえりみること
※2 包含(ほうがん): 中に含んでいる状態


山口創(やまぐちはじめ)氏プロフィール

1967年、静岡県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は、臨床心理学・身体心理学。現在は桜美林大学リベラルアーツ学群准教授。論文に「乳幼児期の身体接触が将来の攻撃性に及ぼす影響」「両親から受けた身体接触と心理的不適応の関連」などがある。

山口創氏著書

「愛撫・人の心に触れる力」
NHK出版

「皮膚という「脳」」
東京書籍

「手の治癒力」
草思社

「子供の「脳」は肌にある」
光文社

「皮膚感覚の不思議」
講談社


次号予告


スキンシップをすることが、愛着形成に関係性があることや、オキシトシンの効果を教えていただいた第一部に引き続き、第二部では、オキシトシンのことをもう少し詳しく掘り下げたお話等をお伝えします。
ご期待ください。


編集後記

今回の対談の中で山口先生がおっしゃった言葉の中に、何度も何度も抱くとお互い気持ちいいだっこが分かってくるというお話がありました。
北極しろくま堂のだっこひも、おんぶひもを初めて使った時から完璧に使いこなせる人はいません。何度かやっているうちに、「ちょうどいい」だっこやおんぶが分かってきます。
どんなものにも説明書がついているのが当たり前の現代。試行錯誤して自分に合った使い方が分かってくる北極しろくま堂の製品は時代に逆行しているのかもしれません。
ただ、その試行錯誤の中にこそ子育ての本質も隠れているんだと思います。
オンリーワンの親子関係だからこそ、試行錯誤が必要なのではないでしょうか。
SHIROKUMA mail editor: MK

EDITORS
Producer Masayo Sonoda
Creative Director Mayu Kyoi
Writer Mayu Kyoi, Masahiko Hirano, Nobue Kawashima
Copy Writer Mayu Kyoi, Masahiko Hirano
Photographer Yasuko Mochizuki, Yoko Fujimoto, Keiko Kubota
Illustration 823design Hatsumi Tonegawa
Web Designer Chie Miwa(Original), Nobue Kawashima(Rewrite)