2025年5月、アメリカのピッツバーグ大学の研究者たちが、乳幼児の運動発達に関する新しい理論モデルを発表しました(An & Libertus, 2025)。この論文が私たちに伝えるメッセージは、シンプルでありながら、深く考えさせるものです。

「赤ちゃんの運動発達は、赤ちゃん自身の生まれ持った力だけで決まるのではない。親が何を信じ、何を大切にしているかが、深く関わっている」

「歩くのが早い子」「ハイハイしない子」なぜ違った発達をするのか

赤ちゃんが寝返りをする、お座りをする、ハイハイをする、歩く――こうした発達のマイルストーンには、従来「生物学的に決まった順序がある」と考えられてきました。いわゆる「成熟理論」と呼ばれる考え方です。

しかし、世界中の子育てを見渡すと、この説では説明できない事実があります。
イギリスで子育てをするジャマイカ系の母親たちは、お座りや歩行を「自立への大切な一歩」とみなし、積極的に促す傾向があります。一方、ハイハイは「原始的で危険」と考える母親も多くいました。その結果、ジャマイカ系の乳児12名はハイハイをほとんどせずに歩行を習得したのに対し、イギリス人の乳児では同様のケースは3名にとどまりました。なお、この研究のサンプル数はジャマイカ系母子48組・イギリス人母子20組と限られており、結果の解釈には一定の留意が必要です(Hopkins & Westra, 1990)。

またこれまでの研究からは、オランダの親は「子どものペースに任せる」という育児信念(≒哲学)を持つ傾向があり、イスラエルの親は腹ばい練習などを積極的に取り入れる傾向があります。その違いが、実際のマイルストーン達成時期の差として現れていることが示されています。

親の信念が、赤ちゃんのカラダを育てる

An & Libertus(2025)が提案するモデルは、次の3つの要素を中心に据えています。

① 親の視点(知識・信念・期待・態度)
「腹ばいは大事」「ハイハイは飛ばしていい」「歩くのが早い子は賢い」――こうした親の認識が、日々のかかわり方を決めます。

② 親の行動
信念にもとづいた実際の育児行動です。腹ばいにさせる、床で遊ばせる、支えて立たせる……あるいはあまり意識せず抱き続ける、という選択も含まれます。

③ 子どもの行動(運動発達)
そして重要なのは、この流れが「一方通行」ではないことです。赤ちゃんが上手に頭を持ち上げる姿を見て、親が「もっと練習させよう」と思う。子どもの発達が、親の認識を変える。この双方向のやりとりが、発達を動かしていきます。

さらに、これらすべては「文化・地域環境・社会経済状況」という大きな文脈の中に埋め込まれています。つまり、「どう育てるか」を考えるとき、育児法の正しさだけでなく、自分がどのような文化や環境の中で子育てをしているかを意識することが、一つの出発点になります。

たとえば、「自分はなぜこのかかわり方をしているのか」「この方法はどこから来たのか」と立ち止まって考えてみること。そうした問いかけ自体が、赤ちゃんとのより豊かなかかわりにつながるのではないでしょうか。

アメリカの「仰向け寝」キャンペーンが教えてくれること

例として、アメリカのあるキャンペーンを紹介します。

乳幼児突然死症候群(SIDS)対策として、アメリカでは「赤ちゃんを仰向けで寝かせましょう」というキャンペーンが広まりました。これは命を守るための大切なメッセージでした。

しかし同時に、「うつぶせにするのは危険」という意識が広まった結果、腹ばいで遊ぶ時間(タミータイム)が大幅に減少しました。その影響として、寝返りやハイハイの習得が遅くなる傾向が生じたことが報告されています(Davis et al., 2004)。

良かれと思って取り入れた知識が、別の側面で発達に影響を与えることがある――この事実は、育児情報を受け取るときの心構えとして、とても示唆に富んでいます。

日本で子育てするということ

現代の親御さんは、スマートフォン一つで世界中の育児情報にアクセスできます。「〇〇式睡眠トレーニング」「△△メソッドで早期発達」――SNSには、さまざまな育児法を勧める情報があふれています。その中には価値ある知見もありますが、玉石混交であることも否定できません。

一方で、日本の育児文化には、長い時間をかけて蓄積されてきた知恵があります。民俗学者の柳田國男が記録したように、産育にまつわる習俗は平安時代頃から続いているものが今もなお各地に残っています。私たちは意識していませんが、おんぶや抱っこ、添い寝、家族みんなで囲む食卓――これらは単なる「習慣」ではなく、日本の気候・住環境・家族のかたちに合わせて、長い年月をかけて形成されてきた文化的実践です。

An & Libertus(2025)の論文が強調するように、文化とは「外側から影響するもの」ではなく、「日常の細かいかかわりの中にすでに埋め込まれているもの」です。おんぶしながら家事をする。抱っこしながら話しかける。わらべ唄で遊んだりカラダを触ったりする。そうした何気ない行為の積み重ねが、赤ちゃんの発達を支えているのです。

新しい情報を取り入れるとき、大切にしたいこと

世界中の育児グッズや育児法が手に入る時代だからこそ、立ち止まって考えたいことがあります。

海外発の育児法は、その国の生活環境や文化的背景の上に成り立っています。日本の住まいのかたち、家族のつながり方、子育てに対する社会の目――そうしたものを抜きにして、方法だけを切り取って「全部取り入れる」ことは、思わぬ形で子どもや親自身に影響を与えることがあるかもしれません。

新しい知識や方法は、日本の生活文化や親御さんが子どもの頃に感じた気持ちと「対話」させながら、無理のないかたちで取り入れていくことが大切ではないでしょうか。

赤ちゃんの発達を支えるのは、最新の育児グッズでも、流行りのメソッドでもなく、日々の暮らしの中で親が赤ちゃんと積み重ねる、小さなかかわりの一つひとつです。

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参考文献

  • An, R., & Libertus, K. (2025). Parental Perspectives and Infant Motor Development: An Integrated Ecological Model. Children, 12(6), 724. https://doi.org/10.3390/children12060724
  • Hopkins, B., & Westra, T. (1990). Motor development, maternal expectations, and the role of handling. Infant Behavior and Development, 13(1), 117–122. https://doi.org/10.1016/0163-6383(90)90011-V

執筆:園田正世