日本の昔の子育ての様子を調べていて、論文(科研費報告書)をみつけました。
『明治近代以来の法制度・社会制度にみる児童の養育責任論とその具体化に関する分析』(田澤薫・国際医療福祉大学講師:現在は聖学院大学人文学部教授)です。現代では成人した子が起こした事件や事故に対しても、親の責任が問われることがありますね。実際に親が成人子にかわって罰せられることはありませんが、世間的にはすんなりは行かない感じがします。では,近世はどうだったのか?
近寄られたくないわたしたち
ブログを読んでいるみなさんもほんわかとイメージを持っていると思いますが,江戸時代は地域や近所の人たちとの距離が近い社会だったような印象はありませんか? 少なくとも現代よりも。近所の子ども達が一緒に遊んだり子守りをしたり,お母さん達は井戸端会議していたり。赤ちゃんがいれば抱かしてもらい、名前を聞いたりあやしたりしている風景があったかもしれません。(想像です)
会社のスタッフが、お母さん達のなかには見知らぬ他人に赤ちゃんに近づかれると不快に感じる人がいる、ということを言っていました。
だっこやおんぶをされている赤ちゃんを見たおばあちゃん世代の方が「かわいいわねぇ」と寄って来たりすると困るということでした。ましてやおんぶしているといつ触られるかわからないから怖い、って。今はコロナ禍なので,実際にはそういうことは少ないかもしれません。
でも、待てよ。これって生物的にはまずい状況なんじゃないかと思うのです。というのは,人は集団でないと生きていけないような進化をしてきたからです。
コミュニケーションをとるのは、生きるため
動物としてのヒトはとても弱い生きものです。身体的な弱さを補完するためにコミュニケーションをとってみんなで生きる戦略を採用しました。
グランドマザー仮説
人類の歴史で記録に残っているのはほんの1%しかありません。ほとんどは記録が残っていないので、たくさんの研究者が残っている化石や遺構などから分析を試みています。
その中で子育てがどうやってなされてきたかを示す仮説で、今もっとも有力なのは「グランドマザー仮説」というものです。
ヒトは子孫を残すために生きています。男性は建前としては死ぬまで生殖活動ができます。女性は閉経後(生殖能力がなくなって)も生きています。その理由はおばあちゃんが娘の子育てを手伝うことで子孫を残す手助けをする、というものです。男性だって子育てを手伝ってもいいじゃん、と思うかもしれませんが、男女間に生まれた子どもは女性の子であることは確定的ですが、男性の子である確率は(今はわかりますけど)推測でしかわかりません。娘の子についてはおばあちゃんは自分の遺伝子が1/4は確実に入っていることはわかりますが、おじいちゃんから見ると遺伝子的に不確定な娘の、そのまた子であるというのは自分の遺伝子が残っているかはかなり怪しいわけです。だから死ぬまで他にも子どもを作れる能力があるわけです。
女性が閉経後も生きているのは、娘の子育てを手伝うためです。自分の遺伝子を持ったヒトがまたその遺伝子をつなげてくれるからです。これが「グランドマザー仮説」です。
最近はイルカも閉経後に長く生きていることがわかりました。イルカの雄は50歳くらいで寿命を迎えるのに対し,雌は90歳くらいまで生きるそうです。獲物の捕り方などを伝達する役割があると考えられています。
“As humans did not develop writing for almost the entirety of our evolution, information was necessarily stored in the minds of individuals,” explained Dr Brent.
引用:BBC Rarth http://www.bbc.com/earth/story/20150304-post-menopausal-whales-take-lead
“The oldest and most experienced people were those most likely to know where and when to find food, particularly during dangerous conditions such as drought."
「人類の進化のほぼ全期間は文字がなかったため,情報は必然的に個人が覚えるしかなかった。そのような時代に経験が豊富な人は干ばつなどの危険状況下では,いつ,どこで食べ物を見つけられるかを知っている可能性が高かった。」長く生きる女性がそういう情報を教え,経験からの知恵や子育て(のサポート)が活かされていたということだそうです。
子育てはひとりでするものじゃない
おばあちゃんが娘の子育てを手伝うのも、子育てはひとりではできないという大前提があるからです。ヒトは遺伝子をつなぐために集団で生活するようになってきました。集団でもまとまってやっていけるように感情が豊かになったと考えられています(例えば,こちらの文章)。感情をベースにコミュニケーションしたり、集団の利益になるように働いてきたというわけですね。
人類のほとんどの社会で子どもは血縁関係だけの家族のみではなく、集団のなかで育ってきたというのが現在の有力な仮説です。日本ばあい、近代以前(江戸時代くらいまで)の庶民は血縁関係だけで子育てしていたのではなく、様々な「仮定の親」、たとえば名付け親とか取り上げ親とかをつくっていました。血のつながりがなくても大きな家族というか、見守る人たちがたくさんいたわけです。今ほど明確な制度ではないにせよ婚姻関係もあったし、イエというものが確立されていましたが、子育てに関しては多くの見守る大人の存在がありました。
(後半はこちらから)
書籍や研究論文の解説などもブログでご紹介していきます。どうぞお楽しみに!