この記事は藤井基貴著「18世紀ドイツにおける子育ての近代化ーファウスト『衛生問答』に注目してー」という論文を子どもの環境変化に着目して解説したものです。論文はこちらからご確認ください。
本論文は「日本の教育史学」教育史学会紀要 第55集 2012年 55巻 p. 85-97 に掲載されています。なかでも興味があるのが子育ての習慣について。特にそれまでドイツで広く行われていたスオッドリング(swaddling)とそれに変わって提唱されている寝かせ方について紹介します。
18世紀から19世紀にかけて子育ての知恵や民間療法は,不衛生かつ迷信的習俗として,近代的理性に基づく啓蒙主義教育学や近代医学の告発を受ける
18世紀ドイツにおける子育ての近代化 : ファウスト『衛生問答』に注目して 藤井 基貴 日本の教育学史 紀要 2012
ファウストというひと
ドイツのお医者さんで,1755年に生まれ,22歳で医学博士になっています。当時のドイツでは啓蒙主義がひろがっていて,啓蒙主義のなかで教育ではルソーの自然教育思想を基礎とした汎愛主義へと移行しているところだったそうです。汎愛主義は「教育での知識偏重を批判して,身体と精神の調和発達を目指す身体教育論」だそうです。
現代の(日本の)幼稚園などでシュタイナー教育などを標榜しているところもありますが,これもドイツ発ですよね? 同じ流れなのでしょうか。
ファウストはルソーの教育思想や汎愛主義の実践(知育だけに偏らない子育て)と医学を結びつけた人物として評価されているそうです。
この人が18世紀の終わりから19世紀にかけて『衛生問答』という本を書きました。この本をはじめ生涯をかけて,公衆衛生の改善策に取り組んだ人です。『衛生問答』のなかで古い育児習慣の弊害や改善案を提起するなかでスオッドリングと小児用ベッドについて書いています。
スオッドリング(swaddling)
スオッドリングはスワドリング,スゥオドリングなどと表記されますが,要は赤ちゃんをぐるぐる巻きにすることです。こんな感じに↓
いわば「すまき」のようにして赤ちゃんを育てるのが,実は人類にとっておそらく,最も原初的な一形態とおぼしき,育児の方法なのです。からだを布で幾重にも巻き,さらにひもでしばりつけるという念の入れようのまま,一日中,寝かしつけておきます。
正高信男著 『育児と日本人』岩波書店 1999
下の動画はスウォドリングの一例です。日本人の子は股関節脱臼しやすいので,スウォドリングはしないほうが賢明です。
スオッドリングは18世紀のドイツでも行われていたようですが,啓蒙主義者らがそれをやめるように提言し,ルソーは著書『エミール』(1762年刊行)で身体の健全な成長を阻害すると批判しています。その結果,都市部ではスオッドリングの習慣は衰退したそうです。2021年現在,スオッドリングはそこまで害があるものではないと考えられており,正高先生が本に書かれているように一日中(24時間)巻かれたままということはないようです。ただ,股関節脱臼を招きやすいという可能性はあります。スォドリングについての記事もこちらにあります。
小児用ベッドの誕生
スオッドリングについて,ファウストは『衛生問答』の草稿で批判をし,その後の『初版』では子どもがひとりで寝ることを奨励しました。スオッドリングが子どもを拘束しているということの他に,当時は大人と赤ちゃんが共寝することが一般的で,睡眠中に圧死させてしまう事故も多かったそうです。さらに改訂版ではそれを実現するために「小児用ベッド」が提案されました。
このように1972年から1804年までの間に乳幼児の寝かし方は一つの歴史的転換点にあったととらえられる。(中略)(添い寝からひとり寝の変化は)たんに育児の慣行が見直されたことを意味するだけでなく,衛生学があらたな「子ども」や「子育て」の在り方を後押ししたことを意味しているともいえよう。
18世紀ドイツにおける子育ての近代化 : ファウスト『衛生問答』に注目して 藤井 基貴 日本の教育学史 紀要 2012
ひとり寝をさせるための道具として紹介されているのが,下の画像の小児用ベッドです。
図3はベッドに乗せて使うそうです。図4は子ども用ベッドそのものに進化しています。
私(これを書いている著者)が注目するのは,両側の窪んだところです。これはお乳を乗せる窪みだそうです!!! びっくりしません? できるだけ子どもを自由にさせておくために,授乳の時に抱かなくていいようになっているなんて。子どもは寝転んだ状態でお乳を飲めます。でも…これって餌与えているみたいって思うのですが,みなさんはどう感じますか?
『衛生問答』は慣習的に伝承されてきた育児習慣の数々を衛生的な配慮を欠いた措置として批判した。(中略)しかしながら,こうした育児習慣には相互に歴史的に形成されてきた機能連関が存在し,一定の合理性もそなえていたことが近年の社会史研究においても指摘されている。
18世紀ドイツにおける子育ての近代化 : ファウスト『衛生問答』に注目して 藤井 基貴 日本の教育学史 紀要 2012
先ほどのスオッドリングは心拍を安定させ,リラックスさせる効果があることがわかっています。また,正高先生の別の論文ではスウォドリングされている子は,親だけでなく周囲の多くの人たちとよく交流していることが確認されています。(正高信男, 南アメリカ先住民の伝統的子育ての習慣であるスウォドリングの機能, 心理学研究 67, 285 (1996).)
まとめ
この論文では近世に衛生という医学と教育学があわさって新しい子育ての方法が啓蒙されてきたことが示されていました。21世紀になってから,学問分野を融合して新しい知見を探るというようなことが行われていますが,今のところ子育てに新しい学問分野があわさって強い流れができたというようなことはないように思います。
でもAIを活用した子育てとか,AIロボットによる子育てとかが数年のうちにでてくるのでしょうかね? 筆者は人は人によって育てたいと思っています。将来の開発者たちが今の子育て法にも一定の合理性があることに気付いてくれるとよいのですが。
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