進化で残されてきた「抱っこ」の意味について,2020年に発行された論文をもとに紐解いてみましょう。赤ちゃんは自分で移動できないから,抱っこするのは当然—。ですよね,確かにそのとおりです。
(専門家が教える新生児の怖くない抱き方はこちらのページをご覧ください。)

人類が誕生して700万年たちましたが,抱っこしなければいけない(生きていけない)という状態を続けているのは,抱っこになんらかの意味があるからでしょうか。それともたまたま?

この記事では2020年に発表されたCarring human infants - An evolutionary heritage『人の進化と抱っこ,その重要性』(Berecz et al., 2020)を紹介します。

ハイライト

人の進化する過程には,赤ちゃんが世話をするひと(養育者—多くの場合は親)にしがみつき,養育者は赤ちゃんを運ぶ傾向があります。
抱っこにはいくつかの生理的で行動的な共適応が必要です。
抱っこは生存率を高めるために進化の中でも保存されてきた戦略(やり方)です。
抱っこすることで脳の形成が促進され,赤ちゃんが成長できるようになります。
抱っこは人間にとって生物学的に典型的な行為です。

要約

人の直立姿勢としがみつける能力を考えると,乳児を抱くことは人間の子育てでの生物としての典型的な行為(生物学的規範)です。抱っこは過去400万年間(!)継続されてきた痕跡があり,進化の歴史のなかにあっても続けられてきたヒトの戦略と言ってもいいでしょう。
そもそも,抱っこはヒトの進化そのものに貢献してきた可能性があります。ヒトの器用さや言葉を話すこと,社会でうまくやっていける能力は抱っこすることで獲得できていたのかもしれません。これまでのヒトの進化の過程にはいくつかの節目(大変革の時期)がありました。その節目に赤ちゃんを抱いて育てる行為が生物学的進化や文化・社会の成熟にかかわってきたと考えられるのです。
この論文では,抱っこが体の機能や遺伝子の働き,社会でうまくやっていく能力や感情の発達に及ぼす影響をまとめました。

抱っこと愛着について

子育てのなかで「愛着」という言葉をよく聞きますが,これを有名にしたのはBowlby(ボウルビー)というイギリスのお医者さんです。愛着(attachment)は子どもから養育者(だいたいは親)への感情で,絆(bonding)は親から子どもへの感情を指します。ボウルビー(1958)は抱っこすることや抱かれること,お互いを受け入れることは母乳で育てるかミルクにするかという栄養の問題を乗り越えて良好な発達を促すと言っています。抱かないことはたとえ母乳で育てても感情的な障害につながる傾向があるそうです。
その他,ヒトの乳児はおんぶされたり(Ross 2001)しがみつく「運ばれる子」(kirkilonis 1992)として生まれてきています。抱っこの機会や時間が少ないと,将来の身体的・精神的な健康にネガティブに作用する可能性があります。抱くことは乳児だけでなく,親にもリラックス効果をもたらすことがわかっていて,お互いに幸せになる行為です。

進化と乳幼児の抱っこの関係

動物の赤ちゃんの育てかた

哺乳動物には3つのタイプがあります。

  • 巣をつくって赤ちゃんを置いておく(隠す)タイプ
  • 口でくわえて運搬するタイプ
  • 体に載せて運搬するタイプ(ヒトはこれ,類人猿もこれ)

ヒトが二足歩行になったのnは他の動物に食べられないため,両手を上手に使えるようになったからと考えられています。初期の二足歩行の頃は,赤ちゃんは背中に乗せられていたと推測されているそうです。
ヒトの場合,体毛がないことが他の類人猿と大きく違う点です。掴まる毛がないことで,抱っこへの影響が大きかったのではないかと考えられます。初期の人類は最初の数週間はおなか側で抱っこして,成長に合わせて腰に跨がせ,背中におぶうようになった可能性があるそうです。このころは脚の形が現代人と違っていて,親にしがみつくことができたようです。
その後,直立して動くようになると背中に乗せることは困難になったと考えられています。
人間の赤ちゃんは自らしがみつく能力と養育者(親)による抱っこが同時に成立しています。

抱っこと反射

生まれたばかりの赤ちゃんに大きな音を聞かせると宙を抱くような動きをしますが,これをモロ—反射と呼びます。バタンとドアを閉めたときなどに観察するとみられます。このような生まれつき持っている反射は赤ちゃんの生存に必要だから残されていると考えられています。

緊張製迷宮反射(Tonic labyrinthine reflex)

身体の中心から外れて抱かれた時に,赤ちゃんは頭部&頸部のコントロールを学習します。この頭部の動きが前庭系を刺激するトリガー(引き金)になって反射が起こります。そして脳の発達が促されます。

把持(はじ)反射(Planter reflex,grasp reflex)

把持とは手を握ってモノをつかむ動きです。把持反射を元に,体幹などが発達してくると乳児が積極的にしがみつく姿勢になると言われています。私たちには類人猿のように長い体毛はありませんが,衣服や髪をつかんでくれると親としては支えるのが簡単になってきます。

Berecz et al.,2020
Figure 2 (左画像)左腕で支えられた赤ちゃん。(右画像)右肩の高い位置に抱かれた3ヶ月の赤ちゃん。頭部は正中線上にあり,背骨はまっすぐになっている。(引用:Berecz et al.,2020)

「しがみつかない」をネットで検索すると,ご自身の赤ちゃんがなかなか自分にしがみついてくれないというお悩みがたくさんあることを知りました。赤ちゃんがしがみつけるのはまず握るという動作をマスター→それを元に体幹を鍛えるような動作をする(たて抱っこもそのひとつ)という流れなので,何かを握らせる(そうするとモノを舐めると思いますが,こまめに清潔にすることとして)ことから始めたらいかがでしょうか。

発達には非常に個人差がありますが,乳幼児の発達は何かを飛び越えて進むことはありません。なにかを飛ばして進んだときには,後からその動きをすることが好ましいとされています。(例えば,ハイハイをしないで伝い歩きをした場合は,あとからハイハイをするような運動を遊びに取り入れるなど)
もしも何かを飛び越えて次のステップに進んだとしても,人間には強いレジリエンスの能力(回復する力)があります。「しがみつかない」については,別の記事で後日まとめます。

モロ—反射(Moro reflex)

モロ—反射は突然身体を支えてくれるものがなくなったときにバランスをとることができる反射です。把持反射を利用するとモロ—反射が抑制される(Rousseau et al.,2017)そうなので,抱っこしている間にどこかを握らせておくことによって手足の屈伸による体勢の整えが可能になるかもしれないと書かれています。つまり,抱っこしていて脚を伸ばしたりすることを,どこか握らせておくことで防げる可能性がある,ということですね。

ステップ反射(stepping reflex)

急に脚を上げて前に出すことから,乳児のしがみつきに関係しているかもしれません。これによって体勢の調整(抱っこの姿勢を整える)が可能になります。

腰抱き(Hip carry)

ヒトの乳児はしがみつき反応をします(Kirkilonis, 1992)。それによって腰にぴったりとフィットするような抱き姿勢を取ることができます。特に110-120度くらいの生理的屈曲がある乳児には明らかにその姿勢とフィットする体勢がみられます。
赤ちゃんがそのような姿勢をとってくれることによって,抱っこする側も抱かれる側もらくになることでしょう。
(しかし,かつて欧米ではその姿勢は「悪い姿勢」と考えられていた時代があり,そのようにすることを勧めてきませんでした。)

続きは「なぜ抱っこしなければいけないの? 赤ちゃんを抱っこすることの意味ー後半」へ。

B. Berecz, M. Cyrille, U. Casselbrant, S. Oleksak, and H. Norholt, Carrying Human Infants--An Evolutionary Heritage, Infant Behav. Dev. 60, 101460 (2020). (DOI:https://doi.org/10.1016/j.infbeh.2020.101460)