2014年に岩波新書から出された『〈運ぶヒト」の人類学』は赤ちゃんのみならず、人々がどうやってモノを運んできたのかを膨大な資料のもとに紹介・考察している本です。抱っこやおんぶに関心のある方にも大・大お勧めの1冊です。著者の川田順造先生は人類学の第一人者で、フランスやアフリカで長く調査をされてきた方です。このブログでは、この本のなかから赤ちゃんの運搬法に関する部分をご紹介します。
Out of Africaでなにをどうやって持っていた?
体型や環境から導く、モノの運び方
20万年前にアフリカから出発した旅はそれはそれは長旅だったので、一生懸命につくった自分たちの道具や旅の途中で生まれた赤ちゃんを連れ歩く必要がありました。川田先生の推測は「(ものは)現在でもアフリカでひろく用いられている、アフリカ原産の大型球形瓢箪を二つ割りにした半球形の器か、(中略)赤ん坊は毛皮か植物の蔓を使って背負い、幼児の手を引いて歩いている。」ということです。(カッコは筆者による)
川田先生は瓢箪でなにかの荷物を運んだと推測されていますが、ひょうたんで赤ちゃんをおぶうことは現代でも行われています。きっとこんな感じだったのでしょう。
A mother carrying her child, who is protected by a calabash.
画像出典ともにBABIES CELEBRATED(Harry N. Abrams, Inc., Publishers 1998)
この本では「文化の三角測量」という考えで、西アフリカのモシ族を中心としたエリアとフランス、日本の体型や環境などをもとに、姿勢をベースに運び方を比較・検討しています。
歩けない赤ちゃんを運ぶ苦行
同じく人類学者のWall-Scheffler(Wall-Scheffler et al. 2007)らは素手とスリング状の抱っこ紐などを比較して、どのくらい消費カロリーが違っているかを実験しました。その結果、道具(抱っこ紐)を使わずに腕だけで抱っこすると、消費カロリーが16%増加することを示しました。カロリーで計算すると素手の抱っこは授乳するよりも大きなエネルギー負担になる可能性があります。一方で、ヒトの先祖は赤ちゃんを巣のようなところに置いて隠しておくことはありませんでした。道具もなしに赤ちゃんを連れ歩くのはたいへんなので、だからやっぱり何らかの道具を使っていたのではないかと考えられています。
抱っこの研究では、1960年代ごろから赤ちゃんを左右のどちらに抱くのかという実験や観察がたくさん行われていました。その結果、世界中の約8割の人が赤ちゃんを左側に抱っこすることがわかっています。こちらのナショナルジオグラフィックの記事に1万年まえのヒトの足跡について書かれていますが、足跡から大人が子どもを抱きかかえて歩いていることがわかったそうです。アマゾンの奥地で暮らす先住民族は木の皮や繊維などをスリング状にして抱っこしているので、1万年前の人々もそのあたりで手に入れられたものをなにかしら工夫していたかもしれませんね。
画像出典:BABIES CELEBRATED(Harry N. Abrams, Inc., Publishers 1998)
身体技法にみる運び方
身体技法
フランスのマルセル・モースが1963年に提唱した「身体技法」はその後さまざまな研究が展開されていったそうですが、「私(川田)が不思議に思うのは、ほとんどすべての研究が身振りによる表現・伝達や、文化の中の身体の象徴性に向けられていて、身体技法がかかわっている重要な領域である、運搬、道具、住居をはじめとする技術的側面についての研究がきわめて少ない」ということだそうです。川田先生の考えとして、モノとの接触あるいは取り扱い方によって、身体技法の特徴がさらにみえてくるということなのでしょう。
人の動きは身体構造によって規定されています。摂食と呼吸は同時に行えないとか、二足歩行になったことによって分節化した音声を出せるようになるとか(p64)。そう考えると、身体の大きな部分は同じでも手足の長さや関節の可動域、骨盤の方向などによってできることややりやすいことが違うのは自然な流れのようですね。
文化的要因や育児法との関連
川田先生は3つの地域での赤ちゃんの育児法と運搬の特徴を以下のように考えています。少し長いですが、引用します。図の部分は省略します。
①西アフリカ内陸の黒人
男性が土器(女性原理を象徴)を頭上運搬することの忌避(片方の肩にのせ両手で支えて運ぶ)、女性の前傾した骨盤の上に嬰児を、両脚を開いた深前屈姿勢で、女性の胴に布でくくりつけて運ぶ嬰児運搬法。②近世以後のフランスを中心とする地域の主な住民である白人
男女とも、嬰児の両脚を伸ばしたまま全身を布で固く巻く習俗(emmaillotement' 英swaddling)、嬰児が四つ這い歩きをすることの忌避(家屋の構造、キリスト教の信仰などの理由が考えられる)から、傘立てのような木製または藁製の「赤子筒」(仏 étui à enfant゜)、または回転アームから吊した「赤子歩行器」(仏 tourniquet゜)を用いた育児法。嬰児が両脚を伸ばしたままの姿勢での、揺籃と籠に入れた運搬法の発達。③日本人やアメリカ先住民もふくむ黄人(モンゴロイド)
『〈運ぶヒト〉の人類学』川田順造・岩波新書・2014
背負い手の背の高い位置で、嬰児が背負い手の両肩に手をかけるなどし、両脚は開いたまま背負い手の背にくくりつけられる姿勢での子守や嬰児の運搬。(中略)
中国では日本製の負ぶいはなく、四川省の漢民族では背負い手と背中合わせの木製腰掛け、他では布を用いるか布なしに、嬰児を斜め後ろ抱きにする運搬法が多い。
ここで出てくるアフリカの人の「前傾した骨盤」の上に赤ちゃんを乗せる方法というのは、日本のいわゆる「おんぶ」の方法とは違っています。日本のおんぶは背負い手(養育者)の背中の高い位置に赤ちゃんがいるという特徴が書かれているように、腰の上にのっている状態とは位置関係からして違うものになっています。
日本人の骨盤は地面に対して垂直になっていることが多いので、腰の上に赤ちゃんを乗せることができません。
布いちまいで骨盤の上にのせて背負う方法
また、はいはいについては、日本では発達が進んだとか「災厄から「這い出す」という縁起から」よいものと考えられていますが、①と②の地域では慣用ではないと書かれています。
ハイハイを嫌忌する文化圏では,ハイハイをさせないようにするための道具が考案され,実際に使われています。
一日中筒にいれておくくらい,ハイハイは嫌だったらしいです。まるで動物みたいだと。
画像にはたくさんの子が描かれていますが,これは預けられた子どもらです。白い血(母乳)を飲ませることも嫌がられていたため,赤ちゃんは農家などに預けられて母親とは離れて暮らしていたのが普通だったそうです。中世以降のヨーロッパは乳幼児にとっては受難の時代でしたね。この話題は改めて。
さいごに
以前、川田先生のセミナーに参加したときに、こんな質問が出ました。
「どうしてアフリカの人たちは頭に器用にモノを載せて運ぶのに、赤ちゃんは頭に乗せないのか?」それに対する川田先生の回答は、
「それについて調べていないので推測になるが、頭に載せるものはいざという時に放り出して逃げられるもの。赤ちゃんはそうはいかないので、頭の上にはのせないのではないか。」ということでした。
ですよね〜、赤ちゃんはモノじゃない。
それにそうか、赤ちゃんは動くから、いくらお母さんが頭上運搬の名手だとしてもぐらぐらして危険ですよね。
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