抱っこする時、抱っこ紐を選ぶ時に使用者がどれだけ楽になるかを考えるひとは多いと思います。使用者がラクになることを宣伝にしているメーカーやブランドもあります。でもね、赤ちゃんは抱っこしている時間と同じだけ抱っこされているわけですよ。その時間の赤ちゃんにどのような負担がかかっているかを、2020年に発表された論文を元に探っていきましょう。

今回紹介する論文は『Positioning and baby devices impact infant spinal muscle activity』(Siddicky et al.,2020 / Journal of Biomechanics / Volume 104, 7 May 2020)という、2020年にアメリカで出されたものです。論文タイトルを検索すると要約やグラフが見られます。全部読みたい場合は購入すると読めます。

この研究でわかったこと

この研究は以下の様な目的で行われました。

日常生活で乳児がどのような状態でいるかは明らかではないことから、普段の状態やベビー用品を使用している健常児の首と背中の筋活動を評価する。

『Positioning and baby devices impact infant spinal muscle activity』(Siddicky et al.,2020 / Journal of Biomechanics)日本語訳は筆者による

この研究でわかったことをまとめると以下の3つになります。

(1)2カ月から6カ月までの乳児22組が参加した。
日ごろの姿勢や寝ている状態について養育者が回答したものを分析した。うつ伏せで寝たり過ごしている子は少なかった。
(2)各種の育児用品を使ったときの脊柱起立筋(主に背中・腰を支える筋肉)と頸部傍脊柱筋(けいぶぼうせきちゅうきん、首の筋肉)を測定した。
うつ伏せにすると腰の筋肉が最も筋活動が高かった。腕の抱っことベビーキャリア(腰ベルト付きの抱っこ紐)、仰向け寝は違いがなかった
(3)うつぶせ寝は首と背中の筋肉を活発にし、チャイルドシートや抱っこ紐の長時間使用は首から背中の発達に悪影響があるかもしれない。

この研究では身体(頭部含め)を支えることとうつ伏せの時間を作るなど、適度な運動がよい影響があるということです。
・寝かせたままで構わなさすぎ
・ずっとバウンサーに載せたまま
・抱っこ紐で抱っこしたまま
など、同じ姿勢や環境で長時間・長期間過ごすことは運動発達にあまりよい影響がないということになります。一歩歩くたびに赤ちゃんの体が不安定になる抱っこ紐も支えているという意味では弱いかもしれませんね。

研究の背景

アメリカではSIDS(乳幼児突然死症候群)の予防のため、乳児をひとりだけでうつぶせ寝をさせることは推奨されていません。しかし”仰向け寝をしよう!”というキャンペーンをしたところ、こんどは頭部が変形したり、運動発達が遅れる子が増えてきました。そのため、アメリカではうつ伏せで遊ばせる「Tummy Time」(タミータイム)が勧められています。

実際の生活の中では、さまざまな育児用品を使いますが、それが赤ちゃんにどう影響はしているか、発達を促しているか遅滞させているかどうかはよくわかっていません。

2020年現在でわかっていることとして、以下の内容があげられています。

  • 乳児の仰向け寝の状態はあまり研究されていない。
  • チャイルドシートに入れたときの変形性斜頭症の増加、酸素飽和度の低下、脚の運動発達の低下が指摘されている。
  • 縦抱きの抱っこ紐は乳児にとって感情や生理的、物理的にメリットがある。啼泣の減少や愛着の形成、耳の疾患の予防など。
  • 腕の抱きはカンガルーケアにみられるようなさまざまなメリットが確認されている。

なにを、どうやって計測したか

このような状況なので、この研究チームは以下の状態で背中の筋肉の活動がどうなっているかを調べました。筋電系と細かい動きまで計測できるモーションキャプチャを使いました。(図1)
①うつ伏せ
②腕で抱いたとき
③チャイルドシートに座らせた状態
④抱っこ紐の対面抱き(お腹と胸を合わせて抱っこすること)
⑤仰向け

画像出典 Positioning and baby devices impact infant spinal muscle activity(Siddicky et al.,2020) Figure 1.

「ん? なぜチャイルドシート? アメリカは車社会だから?」と疑問に思う方もいるでしょう。アメリカのチャイルドシートの椅子部分は簡単にカパッとはずれて、それごと家に持ち込んでそこに赤ちゃんを入れておくというやり方が一般的だからです。日本でもバウンサーを使っているご家庭も多いと思いますが、同じような姿勢になります。

結果

普段の過ごし方

保護者から聞き取った普段の過ごし方では、以下のようなことがわかりました。(結果の一部のみ紹介します)

眠っている時
同床(同じベッド)は3組/22組で、別々に寝ている家庭が多かった。
寝姿はうつぶせは3組/22組のみで、仰向けが11組/22組と多かった。

おきている時
最も多い状態は「素手の抱っこ又はお膝の上」で34.4 ± 15.2%、次がバウンサーやチャイルドシート、ベビーカーで15.4 ± 9.6%。抱っこ紐を使っている時間も9.1 ± 11.6%ありました。

アメリカの親御さんたちもかなり抱っこや接触をしているんですね。(←筆者の感想です)

さまざまな育児用品を使ったときの筋活動

これは筆者としてはちょっとビックリな結果でした。よく日本では「首がすわっていないから横抱きにしましょう」と言います。でも小児整形の先生方は特に横抱きを推奨していない。この齟齬ってなんだろうってずっと考えていたのです。
こたえの一つがこれでした。抱っこ(素手or抱っこ紐)していても仰向けにしていても、赤ちゃんの筋活動は変わらないのですね。首から頭部を支えていれば、赤ちゃんの負担はかわらないということなんですね。

異なるポジションにおける脊柱起立筋と頚椎傍脊筋の筋活動の平均値(%)を腹臥位で正規化したもの
画像出典 Positioning and baby devices impact infant spinal muscle activity(Siddicky et al.,2020) Figure 2.

一方で、チャイルドシートを使っているときの筋活動は他と比べて低い結果になりました。バウンサーなども同じような姿勢になりますね。これらは体に負担をかけないことがわかりましたが、赤ちゃんにとって筋肉を動かす機会を減少させているということも言えそうです(実際、考察にはそのように書いてあります)。長時間、長期間体全体や筋肉をあまり活発に動かさないことで、その後の発達に違いが出る可能性も示唆されています。

議論とまとめ

この研究からは、チャイルドシートまたはそれと同じような姿勢をとらせる他の育児用品を長時間・長期間使い続けると、背中や首の筋肉の発達には悪影響を及ぼすことが考えられることが示唆されました。赤ちゃんが自由に手足を動かす範囲が限定されることに対しても懸念が示されていました。もちろん、チャイルドシートは運転中は必要なものですが、ずっとそれに入れておくことは運動発達が遅れるなどの影響がありそうです。

抱っこや抱っこ紐と仰向けで寝かされている状態では首や背中の筋肉活動量は変わらず、縦方向(抱っこや抱っこ紐)であろうが、仰向けであろうが同じように負荷がかかることが示されました。
また、素手の抱っこでは親子によっては赤ちゃんの背中がサポートされていなかったので、背中をサポートする抱っこ紐を使うことも良いかもしれないと書かれています。抱っこされている時の赤ちゃんの姿勢はCカーブになっている(お尻が丸くなっている)ことが重要なのですが、腕だけの抱っこだとその姿勢が崩れる可能性があります。(筆者注:赤ちゃんの脚が伸びるとCカーブが崩れることが多いです)

Our findings indicate that there are no attributable differences in the neck and back muscle activity of awake infants who are carried in-arms versus in an inward- facing soft-structured baby carrier, and that appropriate babywearing has the potential to consistently support infants’ spines,
making babywearing a convenient addendum to infants’ daily
positioning without compromising the biomechanical and musculoskeletal benefits attained from in-arms holding and prone time.

Positioning and baby devices impact infant spinal muscle activity(Siddicky et al.,2020)

上の引用を要約すると、適切な抱っこ紐でのベビーウェアリングは赤ちゃんの背骨を支え、腕の抱っこやうつ伏せと同じような効果がありそうだということです。
身体を支える適切な抱っこ紐を使うこと、ゆるゆるなのはダメです。抱っこ紐のなかで赤ちゃんが泳いでしまわないようなものを選んでくださいね。

最後に赤ちゃんの発達を促すためのTummy Time(うつ伏せの練習)が実施されていないことが残念だと書かれています。うつ伏せの姿勢をさせるには親がずっと見守らなければならないのですが、ほんの短い時間でよいので、遊びのつもりでやってみるといいと思います。

北極しろくま堂のキュット ミー!(スリング)

筆者としては、仰向けに寝かされている子も縦抱っこにされている子も同じように筋活動をしているということがわかって良かったです。重力は誰にもどこにも平等に上から地面に向かって存在し、赤ちゃんはその中で生きていくすべを身につけるように過ごしているんですね。
赤ちゃんも少しずつ運動していかないと発達する機会がありません。支える、手助けをすることはとってもたいせつです。赤ちゃんは今は自分ができないことを周りに助けてもらいながら少しずつ修得していくのだなと思いました。

この研究ではチャイルドシートは空間が狭いので赤ちゃんの運動を制限する可能性があると書いていますが、抱っこや抱っこ紐も同じように赤ちゃんの動きを制限するものですがそれについては触れられていません。いずれにしても適度に適切な時間使うということがたいせつなんだろうと思います。

北極しろくま堂では抱っこやおんぶを勉強し、最新の研究を理解することで、お客さまへの疑問やお困りごとの解決に少しでもお役に立ちたいと考えています。